chronic life

I can (not) have relations.

9月16日

暗闇の中で眼が醒めた。何だか、とても長い間眠っていたような気がする。実際、一日の半分以上を布団の上で過ごしているのだから、寝ているようなものだろう。明らかに、ダメ人間街道まっしぐらである。
あの日――8月15日に記憶を失ってから、丁度一箇月が経った。状況は、全く好転していない。寧ろ、悪化の一途を辿っていると云っていいだろう。そのリハビリも兼ねて、今日から日記を付けることにした。何に対する何の為の、誰のリハビリなのか、自分では善く判らないのだが。
記憶を失くしたとは云っても、それ迄の過去を凡て忘れてしまったと云う訳ではなく、大まかな自分史や人間として必要最低限の事柄については、殆どそのまま憶えていた。しかし、記憶を失う直前の約二箇月余りの期間については、非常に曖昧な処が多く、特に自分の思考に拘わる部分に関しては、全く憶えていないと云うのが、偽らざる現状だった。そして、それに続く筈である記憶を失った理由と云うのも、全く身に憶えが無く解せないのだ。何故こんなことになった? 8月15日に、一体何があったのか? そんなことばかり考えて、一箇月はあっと云う間に過ぎた。案外、何もしなくても時間は潰れるものだ。「暇」なんて言葉は、昔から私の辞書には載っていなかったようだ。
部屋は相変わらず暗闇に包まれたままだ。丸で、黒天鵞絨ならぬ漆黒のカーテンにでも覆われているかのように、視界は全く開けない。どうして暗いままなのか、自分でも善く判らなかったが、それでも何とかこの状況に慣れるしかなかった。人間、習うより慣れろと善く云うではないか。しかし、若しや此処は――暗黒館?
そんな軽口が叩ける位には、私の精神は安定していた。勿論、不安が無い訳ではなかったが、それでも未だマシな方だった。あの人が、現れる迄は――。


部屋の扉をノックする音が聴こえた。その音で、私は何故かあることを想い出してしまった。大したことではない。この部屋が、暗いままの理由についてだ。
私は立ち上がり、徐に扉の方へ近付いた。不思議と、何かの勧誘や配達ではない気がしていた。私――溝口要皓に逢いに来た人物であると、私はその時直感した。そして、どちら様ですか――と尋ねる前に、私は一つ、独り言を吐いた。


「電気、停められたんだった……」