chronic life

I can (not) have relations.

RISEだと想った

後で、僕の3年前の9月11日の想い出でも書いてみようと想う。何故かって? それは、それは……伊藤剛さんに触発されたからなんて云えやしない。云えやしないから、リファも飛ばせない。だからキーワードから廻って下さい。
3年前の今日――9月11日の夜10時過ぎ、僕は確か未だ長野に住んでいて、職場の寮の自室でCX系ドラマ『ウソコイ』を観ていた。それも、短縮された上での(暫定的)最終回だったと想う。その途中で、いきなり友人I(仮名)から携帯に電話が来た。ドラマを中断されて少し苛ついたのだが、取り敢えず煩いので出てみると、何やら妙に興奮している。話している内容も要領を得なかったのだが、「取り敢えずテレビをつけろ」と云う。いや、ついてるからと想ったが、一先ず指示に従って別の局に変えてみた。
その時、今にしては余りにも有名な――だがしかし、当時の僕には何処の何だかも善く判らない、二つのビルが並んで映っていた。そして程無く、ハイジャックされた民間機がそこに突っ込んだ。特撮のミニチュアか何かのように、呆気なくビルは倒れた。映画だった。もう飽きる程云われているのだから、今更こんなことは云いたくないけれど、少なくともあの時の僕は、そうとしか想えなかった。それが僕の現在であり、実情だった。僕と友人は、電話でお互いの興奮を交錯させ乍ら、テレビの画面に食い入っていた。言葉は噛み合わず、唯訳の判らない眼の前の画面に映る一部始終を捉えることに必死だった。
それから先のことは、余り善く憶えていない。珍しく深夜遅く迄ニュース――と云うか報道特番をずっと観続けていたこと位だろうか。しかし、やっぱり是ももう云い尽くされていることなのだけれど、あの時本当の意味で、20世紀が終わったんだと想う。20世紀的な何か、20世紀的な権威、20世紀的な繁栄、20世紀的な争い、20世紀的な凡てが、あの瞬間にツインタワーと共に脆くも崩れ去ったのだ。
いや、別にこんなことが書きたかった訳じゃないんだけど、取り敢えず想い出話。