chronic life

(In Øther Words)

厨村アイリスの生活

第一章 発端

1

 厭わしい霊岸島での事件から半年ほど経った平成3X年5月7日。私のGmailアドレスに一通のメールが届いた。件名は「名状しがたい件について」、差出人は「SHEENA Kosuke」となっていた。このような変名を使いそうな知人を、私は厨村アイリスくらいしか思いつかなかった。かの人物とは、警察署の前で別れて以来、顔を合わせるどころか、その消息さえ全く耳にしていなかった。
 些か躊躇った後、私はそのメールを開いた。私のアドレスをどこで仕入れたのかなどと野暮な疑問を挟むこともあるまい。

野島伸司が朝ドラを書くような世界をわたしは望んでいる。その時のヒロインは芦田愛菜だ。SHOWA100年までには実現して欲しいものだ。
父親役は三上博史か――いや、三上は『半分、青い。』の秋風先生的ポジションがいいかも知れない。父親役はいしだ壱成にお願いしよう。母親役は広末涼子竹内結子と云う手もあるか。鈴木保奈美にも是非とも出てもらいたいが、『わろてんか』があったのでヒロインの母親役は難しいだろう。いっそ、三上・鈴木ペアで組んでもらおうか。
ヒロインの幼馴染かライバル役で鈴木梨央も欠かせない。Jの若手も必要だな。しかし、その人選は放送時期によるだろう。
窪塚洋介にも声をかけたい。何かトリックスター的なポジションで。久しぶりに、堂本剛が朝ドラに帰ってくると云うのも好ましい。落ち着いたシリアスな役柄で。
存命なら夏八木勲にも出てもらいたかった。引退前なら桜井幸子にも。
葵わかな松坂桃李永野芽郁佐藤健くらいの年齢差もアリならば、芦田愛菜神木隆之介と云う組み合わせも充分、許容範囲内だろう。
キャスティングの話ばかりしてしまったが、個人的な趣味として、ヒロインは初回から最終回まで芦田愛菜一人で演じる。生涯を描く一代記などではなく、数年か精々十数年くらいのそれほど長期間でない物語が望ましい。

 この辺りまで来て、私は一体何を読まされているのだろうか?と当惑し、有機ELのディスプレイから視線を逸らした。NHKに送ればいいとは思わないが、少なくとも私に送られても何の意味もない、ただ迷惑なだけのメールではないか。何が「SHOWA100年」だ。西暦2025年だろう。

シロ、多分あんたはこの少し前で、一度読むのを中断しただろうね。あんたの行動は正しい。そして、ここからが本題だよ。

 メールは漸く、1/6を過ぎた辺りだった。

2

 本題と云うのは、端的に云えば金の無心だった。厨村アイリスは一応、厨村探偵事務所の所長と云うことになってはいたが、殆ど開店休業状態で、仕事どころか問い合わせの電話一本入っていないようだった。その分、別の働き口を求めるような人間ではない。しかし、生きていくにはどうしようもなく金がかかる――と云うような泣き言だか恨み節だか判らない文句が、切々と書き連ねてあったと云う訳だ。
 私とて売れない脚本家の端くれとして、何とか糊口を凌いでいくのがやっとの身で、人様に金を用立てるような余裕は逆立ちしたってないのだが、「名状しがたい件について」と云う件名に免じて、ほんの僅かばかり融通することにした。まぁ、切り詰めれば何とか二週間ほどは生き延びられるだろう。それより先は、私自身でさえ心許ないと云わざるを得ない。その頃には、某TV局系動画配信サービス用のショートドラマ二話分のギャラが振り込まれている筈だ、と希望的観測。
 その次となると、今まさに頭を悩ませている剛力彩芽金田一耕助を演じる予定の『本陣殺人事件2020(仮)』が本決まりになってからと云うことになる。私は、某BS局でスペシャルドラマとして放送予定のその企画に、ブレーンと云うかちょっとしたアイディア出しのメンバーとして関わっていた。満島ひかり明智小五郎をやり、竹内結子がシャーロックをやる時代なのだから、金田一も女優でやる!と云うのが、CPの最初の思いつきだった。しかし、某公共放送とお台場方面でも金田一もののシリーズが動いている時節でもあり、ここは一つ時代設定を現代に移し、更に原作の第一作から順に映像化していこう、と云うところまでは概ね固まっていた。私は主に、動機絡みのあれやこれやについて、再考と云うかアップデートを目論んでいた。しかし勿論、そう容易いものではない。

 私が実際に、厨村アイリスと顔を合わせたのは、それから数日後、シネマ・ツーに隣接したジョナサン立川北口店でのことだ。
「どうしてNetflixは、有料会員じゃないと検索もまともに出来ないんだろうな」と云うのが、半年ぶりに会った私への第一声だった。
 二人とも、先月公開された佐藤信介監督の新作を観に来た帰りで、一頻り本郷奏多の魅力について語り合った。私と厨村アイリスのあまり多くはない共通点の一つに、映画館で映画を観たら必ずパンフレットを買う、と云う習慣があった。

3

 私は厨村アイリスと話す時だけ、自分のことを「僕」と呼んでいる。厨村アイリスが「わたし」と云っているのとバッティングしないように、と無意識に考えているのかも知れない。ともかく、私は僕でもある。


〔継続〕


“The Life of ZUMURA Iris”