chronic life

I can (not) have relations.

山崎ナオコーラ「長い終わりが始まる」(『群像』2008年2月号所収)

 文房具屋でペンの試し書きをするときも、男の手の甲に何かしようとするときも、つい「ばか」と書いてしまう、いつまでも子どもな小笠原だ。(p.22)

 もしかしたら、これまでに読んだ作品の中で最も「ナオコーラ率」の高い小説だったかもなぁ、と読後に沸々と感じ始めている。果たして、ここで云う「ナオコーラ率」とは一体如何なるものであるのか、それを詳らかに説明する必要があるとは想われるのだが、それは私にも定かではないので、ご勘弁願いたい。であれば、そう簡単にそんな胡散臭い造語を持ち出すな!と云う風に話が進む可能性も考えられるが、そこはしかし、我が胸中を慮っていただくしか術はなさそうである。或いは、「初の書き下ろし小説」と謳われている新作『論理と感性は相反しない』では、更に本作を上回る「ナオコーラ濃度」が期待出来るかも知れない。あいや、いつの間にか「率」が「濃度」になってしまっていた……。と、戯言はここまで。要は、「ゼロカロリー」やら「糖分ゼロ」などと云うフレーズが広く喧伝されている昨今、やはりコーラはこうでなくっちゃ!と云うのが、この散文の主題であり、そのまま結論でもあるのだ。即ち、山崎ナオコーラここに在り! 恋だってセックスだってそれ以外のあらゆる人間関係だって、勿論コーラだって、少しくらい*1躰(と心にも)に悪いのが醍醐味ってもんでしょうよ。あー、結論って書いてから、また余計な蛇足を付け足してしまった。……ん? 「余計な蛇足を付け足し」って、二重三重に言葉の意味がダブってしまっているような気もするけれど(三重だとしたら、「トリプって」と書くのがより適切かも知れない)、もう直ぐ長い終わりが始まりそうなので、取り敢えず今日はこの辺で。

群像 2008年 02月号 [雑誌]

群像 2008年 02月号 [雑誌]

*1:時にはもの凄く