chronic life

地下室の屋根裏部屋で

さよなら アメリカ/樋口直哉/講談社

恐らく、これまではてなで本やドラマなどについて書いてきた文章の中でも、過去最高の放言っぷりだと想われますので、こっそり画像の下に隠すことにします。よほどの覚悟か、マグマをもってしても融かされないような冷静さをお持ちの方だけ、アンドロメダ銀河よりも広い心でお読み下さい。

さよならアメリカ

さよならアメリカ

僕は、自らの全人格を懸けて、この小説を評価したいと想う。何故ならそれは、この作品が僕らの世代の――様々な反論を恐れずに、今僕が想っている気持ちを正直に云ってしまえば、二十一世紀の『さようなら、ギャングたち』だと感じたからである。と同時に、随所で安部公房村上春樹、それに麻耶雄嵩佐藤友哉の作品に触れた時のような感覚をも去来したのだ。何なんだ、この並びは! おこがましくも、この小説は僕のために書かれたものだとしか考えられない。と云うか寧ろ、これは僕が書いたのだ。心情的には、それが一番しっくりくるような気がしている。時に、非常に深い部分で心を震わせられるような小説と出合った際、恰も自分自身がその小説を書いたような錯覚に陥ってしまうことと云うのが稀にあるのだが、今回は過去にあったそれらの比でさえない。改めて云おう。これは、僕の小説だ。そうだとしか想えない。そう考えるのが、最も自然な流れなのだ。流石、作者が1981年生まれと云うのは伊達じゃなかった。魂の殿堂入り、確定です。そんな訳で、特にお薦めはしません。この小説の素晴らしさは、僕さえ知っていればいいのですから。樋口さんには、申し訳ないと想いますが。