もう一度会ったら、何かが始まるような気がしている。真っ暗な甕の中を覗いているような気持ちだ。水が入っているのか、入っていないのか。目をどれだけ凝らしても、闇しか見えない。(p.40)
残業ばかりの生活だ。長時間拘束の見返りは、ステイタスと厚生年金だ。しかし、会社を辞めて、上司や同僚と飯食うのを止め、友人とべたべた会うのを止めたら、どうなるか。オレは他人によってなんとか自分の形を保てている。他人と会わないでいたら、オレはゲル状になるだろう。(p.63-64)
それからエリがトイレに立ったときに、梅田さんが、
「エリちゃんと友だちになったのか? 良かったなあ」
と頬杖をついてオレの顔を見た。
「妙齢の男女が出会って友だちになれるものですかね?」
オレが聞くと、
「そりゃ、なれるよ」
あっさり、梅田さんは言って、三本目のヱビスの缶ビールを開けた。
でも、エリとどんな具合に仲が良いのかについて、他の人に詳しく語りたい気分にはなれない。言葉に当てはめると、どんな関係も揺らぐ。オレは梅田さんに友だちの定義を聞くこともせずに、
「カニ旨いですね」
とむやみに手を動かした。(p.81-82)
相手の心を覗くことは、相手の心を予想することとは違う。ただひたすら注意深く、全身を耳にして耳を澄ますのだ。答えは出さない。相手の心がわかることはないから。ただ、自分たちが平均台の上にいるということを知っておく。理解は不可能で、誤解だけが可能。知らないということを深めたくて、心を覗くのだ。(p.124)
男女の間にも友情は湧く。湧かないと思っている人は友情をきれいなものだと思い過ぎている。友情というのは、親密感とやきもちとエロと依存心をミキサーにかけて作るものだ。ドロリとしていて当然だ。恋愛っぽさや、面倒さを乗り越えて、友情は続く。走り出した友情は止まらない。(p.146)
別に、引用した箇所凡てに共感したり納得出来たりした訳ではない。そんな単純なことではないのだ。ただ、どうしようもなく心を揺さ振られた。素晴らしい、小説だった。
- 作者: 山崎ナオコーラ
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