chronic life

I can (not) have relations.

三四郎はそれから門を出た/三浦しをん/ポプラ社

私たちは、なにかを得るために本を読むわけではないし、すべてにきちんと意味づけして行動するわけでもない。(p.280)

本や小説が好きな人は大抵そうだと想っているのですが、僕は「本や小説について書かれた本や小説」が大好きです。「本や小説」って書き過ぎですね、すみません。自分としては、かなり厳選したつもりだったんですが、それでも読み終わってみると二十箇所くらいに付箋が付いていました(読みたくなった本や小説に関しては別にメモを取ったので、それ以外で)。一冊の本を読めばそれくらいの数、感動したり共感したりすることは、全くもって少なくはないことでしょうが、しをんさんの場合はちょっとその、濃度が違うな、と。だって、僕もしをんさんと同じように「上下関係嫌悪症」*1だし、もしかしたら電車の中で僕の読んでいる本をこっそりしをんさんに盗み見られたり推理されたりしていたかも知れないし、2004年1月にミステリー文学資料館で開催された「『虚無への供物』展――アンチ・ミステリーへの誘い」の会場でしをんさんとニアミスしていた可能性だってある(僕が行ったのは最終日でしたけど)。そういう、単なる感動や共感では収まらない、深く強いシンパシーのようなものを、本書を読んでいる間ずっと感じていました。その際たるものが、三章の「第十一回 押入の脳みそ」で、この文章の「押入」の部分を「自分の部屋全体」に変換すれば、完全に常日頃から僕が感じたり表明したりしていることそのままで、だからもう、最後の段落なんか涙が出そうで大変でした。他人を部屋に入れたくないと云うことは、自分の心にも他人を侵入させたくない、と云うことなのかも知れませんね。あーあ(まぁ、そうですけど)。とは云え、この一冊を通じて、最も実作に当たってみたいと想ったのが本や小説ではなく、ルトガー・ハウアー出演の映画『レディホーク』だったと云うのが、何ともオチっぽくて笑えてしまいますが。

三四郎はそれから門を出た

三四郎はそれから門を出た

*1:p.50