僕は保坂和志と二人で酒を飲んでいた。とは云っても、保坂は殆ど目の前のグラスに手を付けることはなく、ただ延々と訳が判るような判らないような、何とも云えない話をし続けていた。僕はと云えば、適度に酒で唇を濡らしながら、その保坂の話をさも凡て理解しているかのように「うんうん」と頷いていた。内容が凡てクリアに理解出来ている訳でもないのに、僕が保坂に対して微笑むように頷いていたのは、その保坂の語る姿勢と云うか、語り口が非常に心地良かったからで、それは単に声がいいとか、聴いていてうっとりするようだと云う意味では勿論なくて、敢えて云うならば「保坂和志が語っている」と云うその総体が、僕に無上の安心感と云うか、至福の時を与えてくれるからで、これは恐らく単純に、「いい話で感動した」とか「面白い話で大笑いした」などと云うことよりも、より充実したものであると、今の僕は考えている訳だ。とは云え、話の内容が本当にさっぱり判らなかったと云うことでもなくて、確かに話の中身自体も魅力的であった。特に、「閉じない円環」と「死という無」と云う話は、非常に心に残った。「十四歳…、四十歳…」や「二つの命題」なんて話も面白かった。結局「面白かった」と云う言葉に収斂してしまう、自分の語彙の貧困さに眩暈がしそうではあるが、そんなことは今この場でどうこう出来ることでもないので、一先ず忘れることにする。
……なんてことを、読みながら読み終えてから、うつらうつらと考えたり想ったりしていました。取り敢えず文庫版を買って手元に置いて、折に触れて読み返したいです。
- 作者: 保坂和志
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 1999/03/10
- メディア: 単行本
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