chronic life

I can (not) have relations.

この人の閾/保坂和志/新潮文庫

読了。芥川賞受賞作「この人の閾」を含む四篇が収録された短篇集。
表題作「この人の閾」は、読んでいて保坂さんにしてはちょっと珍しいなぁ、と感じた。何がどうとは巧く云えないのだけれど、何かが微妙に珍しいような気がする。それはもしかしたら、この短篇には猫ではなくて犬しか出てこないからなのかも知れない*1。保坂作品における猫と云うのは、宮藤官九郎作品における阿部サダヲさんのような感じだなぁ、とか想ったりもした。
次の「東京画」は逆に、如何にも保坂和志と云った感じで、「猫に時間の流れる」にも『カンバセイション・ピース』にも似ているような雰囲気で、「あー、俺は今保坂和志読んでるんだなぁ」と、うっとりしたりした。それはつまり、日曜の午後のまどろんでいる時のような感じで、しかしそういう瞬間と云うのは得てして、別にただ漫然とボーっとしているだけでもなくて、妙に頭がはっきり覚醒したり、時に滅茶苦茶鋭いことに気付いたりするもので、僕はそういう気持ちになりたくて、保坂和志を読んでいるのかも知れない。
「夏の終わりの林の中」と「夢のあと」はほぼ全篇、それぞれ「自然教育園」と鎌倉を少人数で歩いて回るだけに終始していて、歩きながら色んなものが見えたり、聞こえたり、感じたり、考えたり、喋ったりしている。つまり、それが面白い訳で、読んでいるとまるで登場人物と一緒に歩いているような気になってくる。散歩のお供に、是非。

この人の閾 (新潮文庫)

この人の閾 (新潮文庫)

*1:勿論、人間も出てくるけど