chronic life

I can (not) have relations.

誤魔化されるな

タカシは激怒した。
空に輝く七等星は、未だに見える気配がない。それもその筈、タカシの視力は0.2だ。それでも眼鏡もコンタクトレンズも使っていないのは、単純にアレの問題だ。まぁ、大人の世界には色々あるよね。
「もう、帰ろうと想うんだ」
タカシは、後ろに控えていた黒い胸像にそう呟いた。名前をトモヤと云う。トモヤはミケランジェロダヴィデ像によく似ていて、とても日本人には見えなかった。トモヤはタカシの幼馴染み兼教育係だった。トモヤの両親は、昔からタカシの家に住み込みで働いている使用人で、主にピアノが置いてある部屋にいた。トモヤの父親の隣には、ベートーヴェン肖像画によく似た執事のカネスエさんとかもいて、何だか人口密度の高い部屋だった。
タカシはトモヤの向こうに停めてあったハイヤーによく似た車に近付き、運転手のミサキにドアを開けてもらう。
「DVDを、返しに行くよ」
「かしこまりました、お嬢様」
人面石のミサキがゆっくりとアクセルを踏み出すと、助手席に置いてあったクリームソーダが零れた。クリームソーダクリームソーダクリームソーダが零れた。タカシは身を乗り出し、その零れたクリームソーダを貪るように舐め尽くした。頑張って、座席から落ちた分も全部。ミサキは困ったような顔をして、そのままただの石になってしまった。
「あーあ、これじゃあもう『私立探偵濱マイク』の2巻返しに行けないや」