chronic life

I can (not) have relations.

虚構の皮膜

僕が未だ、父さんと一緒に暮らしていた頃、こんなことがあった。父さんは酷い大酒飲みで、仕事も碌にやっていないような、所謂ダメ親父だった。そんな訳で母さんは早々に愛想を尽かし、僕が物心付かない内に離婚して、僕は父さんと父さんの母親――つまり祖母と三人で暮らしていた。祖母の名義で借りた借家で、祖母の年金と生活保護で、細々と暮らしていた。普通に貧しい、何処にでもあるような暮らしだった。
父さんは一応体裁的には躰が悪いと云うことになっていて、実際膵臓を何度か手術していて、その当時で既に1/3なかった筈だ。主治医でもないので、本当か嘘か知らないけれど。兎に角そんな訳で、父さんは働きもせず一日中家にいて、「女の腐ったの」*1みたいに細々とした家事をしたりしていた。勿論それも、酒が入ってなければだが。
酒が入った時の父は、まるで暴君だった。昭和の日本に生まれ、平成の世で青春を過ごした僕だから、勿論本当の暴君など見たことも逢ったこともないけれど。恫喝と暴力、そして絶対王政のような抗えぬ命令。耐えることに慣れていた。虐げられることが日常になっていた、そんなある日。
二階の自室にいた父さんは、しこたま酒に酔った状態で階段を降りようとして、誤って段を踏み外し、そのまま一階に転げ落ちてしまった。まるで、『転校生』の入れ替わりシーンのように。或いは『蒲田行進曲』の階段落ちのように。その時たまたま階段の脇に立っていた僕は、その様子を一部始終しっかりと見ていた。一階の床に倒れている父さんの頭からは、ゆっくりと血が流れ始めていた。口からは泡のようなものが吹き出し、躰は微かに震えていた。どうやら、未だ死んでいる訳ではなさそうだった。チッ。
僕は暫く、その様子をジッと見ていた。119に電話することもなく、30分程悠然と見ていた。微かな震えはオカしな調子になっていき、震えと云うよりも痙攣に近いものへと変容していった。それでも僕は、父さんをジッと見下ろしていた。これまでの憎しみを凡てぶつけるような深さで、僕は父さんを睨み付けていた。
父は、今でもちゃんと生きている。哀しいことに、生きている。

*1:祖母談