chronic life

I can (not) have relations.

はてなダイアリーの一冊百選 #011  『天啓の器』/笠井潔

作者とは、光眩い天啓を受けとめようとして差し出される粗末な器にすぎない――。
『天啓の器』本文より

何から語れば良いのだろう? この小説を前にした時、正直僕は語るべき言葉を失ってしまう。ならばどうして、態々この小説を百選に選んだのか? それは、この小説をもっと多くの人に読んで欲しいと想うからである。以下の文章は、その一点にのみ力を込めて書かれたものであると云うことを、充分留意して戴きたい。
さて、先ずは簡単に、この小説が生まれた――書かれた背景を述べてみたい。本書冒頭の「公表者の緒言」にも書かれているが、この小説には内容・主題共に、深い関連性のある三つの小説が存在する。
第一に、本文中で『ザ・ヒヌマ・マーダー』と記されている、戦後探偵小説史に燦然と輝くアンチ・ミステリの巨峰、現実世界に拮抗する反世界の書物、中井英夫『虚無への供物』
第二第三は、その『虚無への供物』の絶大なる影響下に執筆された『匣の中の失楽』でデビューした、竹本健治の「ウロボロス」連作(『ウロボロスの偽書』『ウロボロスの基礎論』)である。更に付け加えるならば、本書は笠井某の「天啓」連作の第二部にも当たっており、その一部である『天啓の宴』とも、主題的に通ずるものがある。更に付記すれば、『器』で用いられている仮名は、全面的に『宴』に因っている。
本書は、その『虚無〜』成立の謎に迫ると共に、その作者――中井某(作中では仲居)の逝去の日が『虚無〜』開幕の日と同じ、12月10日であると云う暗示的な部分に着目し、その死が何者かに因る謀殺ではなかったか?と云う疑惑を、竹本健治を模した作中人物、天童直己が解き明かそうと奔走する様が書かれている。しかもそれは、恰も上記「ウロボロス」連作の第三部であるかのような意匠を凝らされているのだ(実際、本篇の前には「尾を喰らう蛇Ⅲ」と云う表題が書かれている)。
更にそれは、未だこの小説の一部に過ぎず、その他にも、中井某と想われる作家が『虚無への供物』を書くことが出来ず苦悩している最中に、彼のファンと名乗る謎の少年=濤晶夫が現れ、徐々にその秘密が暴かれていく章や、ある敬愛する作家の許を訪れた少年が、その作家と親交を深めていく様を、小説とも手記ともつかぬ形で記した章とが、断章されては順番に並べられている。そしてそれは、章が進み物語が大きく動き出していくと共に、テクストとテクストが互いにその尾を喰らっているかの如く、正にウロボロス状を描いていくのである。
時間と場処を超えて、それぞれの章に登場する、同じ漢字や音の名前を持った多くの登場人物と、それぞれに書かれた同名の『ザ・ヒヌマ・マーダー』と【ザ・ヒヌマ・マーダー】、〈ザ・ヒヌマ・マーダー〉、そして《ザ・ヒヌマ・マーダー》。凡ては互いに少しずつ拘わり乍ら、最終的には40年前に起こった、一つ事件へと収斂していく。そう、その先にあったのは「ザ・氷沼・マーダー」であり、「ザ・檜沼・マーダー」なのだ。
又、この小説はそれ等の主軸とは別に、「ウロボロス」連作・「天啓」連作でメインテーマとされている?「大文字の作者」の問題にも、深く切り込んでいる。それは主に、笠井某に因る「ウロボロス」連作批判や、『虚無への供物』の持つ奇跡的な到達を巡る議論の形を取って披露される。小説の実作者とは所詮、「巨大な作者」のペンに過ぎない。正に、大いなる天啓を受ける、唯の器に過ぎないと云うことである。その辺りの議論については、対談や天童の調査報告の中で交わされるのだ。
又本書は、小説であり『虚無への供物』論であると同時に、笠井潔から『虚無への供物』の作者に向けた、弛みない敬意と愛情が込められている。笠井某は本作の中で、自らに模した宗像冬樹と云う作中人物の口を借りて、自分の作家と作品に対する姿勢について語っている。それを要約すれば、作者はその作品の中にこそ、最高の自分を演出しようと努力する。それは、恋愛初期の恋人や舞台上の役者にも通じる処があると。そして読者は、最高の――真実の作者のことが知りたいのならば、その作品にこそ最大限、眼を向けるべきであると。
ならば僕は、是以上何を語ることがあろうか? 唯、作品を読み、その作品から凡てを感じ取れば良いのである。さぁ、貴方も唯純粋に、虚構と現実が錯綜する、本書の世界に没入して欲しい――。
余談だが、講談社文庫から30年前に出版された『虚無への供物』が、この四月に装幀も新たに上下巻分冊となり、文字も大きくなった新装版が発売される。興味のある方は、是非こちらも手に取って戴きたい。更に因みに、上巻の帯は京極夏彦、そして下巻の帯は綾辻行人である。


結局、巧く纏められることが出来ませんでした。感想にも、紹介にも、ましてや解説になんて全くなってないですが、すいません、是が限界です(笑)。次は春日さん@id:paletteにお願いすることと相成りました。宜しくお願い致します。