幻のアメリカ

Phantom Amerika

第一章 罪作り殺人事件

 平成3X年5月7日のことである。己は空模様を気にかけていた。しかし今、その時の天候は記憶にない。ただ何と云うこともなく、空模様を気にかけていただけだったからである。雲や太陽、或いは降っていたかも知れない雨について関心があった訳ではない。雷が鳴っていたかも知れないし、降っていたのは雹か霰であったかも知れないが、そんなことも全く心に留めてはいなかったのだ。
 己は、最寄駅前のGと云うファミリーレストランの喫煙席の一番端に座っていた。煙草を吸う訳ではないが、周りにあまり客が増えないことと店全体を見渡せる位置であるため、その席に着くことが多かった。もう大型連休も明けた平日の午前で、客の数は片手に収まるほどだった。
 丁度、井上陽水の「人生が二度あれば」をうっすらハミングしていた時のことだ。レジの前で一人の客が大声を出した。「おい!」とか「こら!」とか、そんな怒声だったように思う。五十絡みの痩せた男だった。その後も言葉を続けていたが、よく意味が判らなかった。恐らく何かしらのクレームだったのだろう、と云うくらいしか。